自民党憲法案考:「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」

(2012.12.3追記:http://d.hatena.ne.jp/cannon_cntn/20121202にて続編を書きました。この記事と合わせて御覧ください。)

自民党憲法改正案がちょっと笑い事でなかったので。

 自民党憲法改正案(現行憲法対照)


 「権力を制限する、国家に対する命令」であるところの、近代憲法の機能を忘れて国民に何かを命ずる、という部分については論ずる価値もないので割愛。(国民が「義務を負う」って書いてある条文あるじゃん、とかのツッコミがしたければ、せめてWikipedia程度でいいのでチェックしてからね。)


 法学者や法律に関わる人々と、そうでない分野の人々のTwitter上での議論(http://togetter.com/li/294319←のコメント欄など)を見ると、第三章「国民の権利及び義務」について危機感を持つ前者と、何が違うのかわからない後者の争いになっていたような気がするので、整理を試みようかと。


 まず、前提として、憲法最高法規で裁判上も最上位のルールであるため、その適用が問題になる。裁判所がするであろう判断(裁判所は法解釈にもとづいて判断する)こそが実際に社会を規定するルールとなるものと理解しなくてはならない。「法律学者はそんなこと言ってるけどこのようにも読める」と主張してみたところで、法解釈上の妥当性がなければ裁判所がそれを認めることはほぼ無い。つまり、その文言が「どのように解釈されると予想されるか」が問題になるのである。


 (おそらく)一般的な感覚として「変わってないじゃん」と言われそうなところである、現行「公共の福祉」→自民案「公益及び公の秩序」(自民案12条、13条、21条1項、29条1項)という文言の変化は、法律上は重い意味を持つ。
 日常語としてはそれほど大きな意味の変化ではない(と思われる)が、まず、法律の世界でいうところの「公共の福祉」とは、社会一般の利益のことを指していない。
 公共の福祉という用語そのものがミスリーディングなのだが、人権をとりあえず不可侵なものと認め(現11条、97条)た上で、不可侵の人権といえどもそれは社会的なものであって一定の限界があるよ、ということを宣言し、その限界が「公共の福祉」であるという意味を持つ。その思想は、1789年フランス人権宣言4条「自由は、他人を害しないすべてのことをなし得ることに存する」に遡る。日本での意味は大体のところ、「公共の福祉」=「ある人権が他の人権と衝突する場合に、その調整原理として機能するもので、衝突したそれぞれの権利の性質を勘案した上で、権利が制限されることの不利益と制限によって得られる利益を考慮して、許される範囲での権利の制限」というような意味を持つ。権利の性質とは、肉体的自由、精神的自由、あるいは経済的自由などの保護の重要性によって分類され、それぞれ用いられる天秤が異なる*1
 これに対し、まず「公の秩序」とは、国家社会の一般的利益を意味する*2。また、法律で定めた強行規定(「〜してはならない」というやつ)は、「公の秩序」を構成するものと解されている。「公益」とは、公共の利益であり、刑法にいう社会的法益がこれにあたる。公共の安全、取引の安全、社会的風俗などがこれに含まれる。

 ここまで来れば、二者の違いを明らかにできるのではないか。ある人権を制限する立法がなされ(例えば、「黒色以外の色に自己又は他人の毛髪を染色した者は◯◯の刑に処する」とかいう条文が刑法にでき)、裁判になったと想定する。
 前者である現行憲法の場合は、その制限が「公共の福祉」の範囲外なので、その条文は違憲であって無効、と争うことができる。後者の自民案の場合、刑法によって定められた「公益及び公の秩序」を害しているため、改正案13条による保護の対象でなく、立法の違憲を争うことがそもそも不可能となりうる。

 自民案で「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」と書き換わったことによって、憲法13条、21条、29条等、憲法の条文に反する立法が行われた際に、その法令の違憲を争うことができなくなる可能性すらある。立法に対する司法審査を排除しうるこの条文は、立法(法解釈の基準という意味では、政令もこれに含まれる)によって無制限に私権を制限することが可能となりうる。つまり、「法律の許す範囲で」人権を保障()するという、大日本帝国憲法レベルまで人権保護を後退させる可能性のある憲法案となっている。



 ということで、国家元首とか国防軍とかそんなところはどうでもよくなるレベルで、私権の保護の観点から自民党憲法改正案は極めて危険な改正案でしょう。支配には都合のいい憲法案だけど、国民としてはご勘弁願いたい憲法案ですよマジで。

*1:参考:芦部信喜憲法』(第4版)有斐閣96-102頁

*2:法律学小事典』(第4版)有斐閣 より