尖閣ビデオ流出事件で見る特定秘密保護法

目次
◆1.前提
◆2.漁船衝突時のビデオ(「尖閣ビデオ」)を特定秘密指定できるか?
◆3.ネット民と法案

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1.前提
 現在審議中の特定秘密保護法案について、野党やメディアが反対の論陣を張っていることは御存知の通りで、これらの批判について、(比較的)的を得たものとおよそ何でも反対的なものは分けて考えなければいけないし、またこれに対する(主に自民党議員から為される)再反論もちょっとアレなものが多いところです。
 さて、批判によく持ち出されるのが西山事件判決文・最高裁HP)です。沖縄返還に関する密約という、外交に関する秘密を漏示するようそそのかした行為(国家公務員法109条12号の国家公務員の秘密漏示罪に対するそそのかし罪(111条)に該当するとされた)が有罪とされた事件です。この判決については、法律学者からは強い批判の対象となっている判決で、特定秘密保護法案に対する批判の中で、「あのような事件をまた起こすことになると、取材及び報道の自由に対する萎縮効果が大きく、憲21条1項の表現の自由を害する」とする表現が出てくるのはそういう文脈です。
 私としてもその批判は説得的であると思うし、そそのかす行為の外である、

「従前それほど親交のあつたわけでもなく、また愛情を寄せていたものでもない前記Bをはじめて誘つて一夕の酒食を共にしたうえ、かなり強引に同女と肉体関係をもち〜中略〜右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたが、同女を利用する必要がなくなるや、同女との右関係を消滅させその後は同女を顧みなくなつた」

ことの認定によって、「違法な手段で入手したとはいえないけど社会的相当性がないから有罪」(非常に大雑把ですが)とした、道徳と法を峻別しない前時代的な判決ともみえるわけで、その判旨については疑問を持つものです。とはいえ、まあおそらくこの判旨に賛成という方が(法律学と縁のない人には特に)多かろうし、そもそもこの判旨に反対の人が特定秘密保護法案に賛成であるわけがないのは明らかであるとして、逆に言えば、法案を通したい側としては西山記者は当然に処罰すべきであると考えているであろうと思われるわけでして、西山事件判決を持ってきて、特定秘密保護法を通そうとしている人に対してそのマズさをアピールしようというのはちょっと筋が悪いような気がしています。というわけで、もうちょっと別の方向から特定秘密保護法案のマズさのようなものが伝えられないものか、と考えたところです。

 さて、ここで持ち出すのが「尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件」(「尖閣ビデオ事件」)です。*1
 尖閣ビデオ事件については、自民党の議員の一人が「あれ(尖閣ビデオ)は特定秘密には該当しない」と記者会見か何かで述べたようですが、尖閣ビデオを特定秘密に指定することは不可能なのでしょうか?

2.「尖閣ビデオ」を特定秘密指定できるか?
(1)条文の規定から、特定秘密に該当する/しないと断言できるか?
 これについては、まず「尖閣ビデオ」が何物かを確定しなければなりません。まず撮影の主体は、海上保安庁で、これは(ものすごく大雑把に)海上での警察にあたるほか、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする行政機関*2です。次に、内容は、違法操業の外国籍の漁船が海保の巡視船に対して体当たりをする状況を撮影した映像ということになります。
 これに対して、特定秘密保護法案では、特定秘密の要件として「当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」(法案3条1項)とし、これを「行政機関の長」が特定秘密に指定する(同)としています。「別表」については、「議案名:特定秘密の保護に関する法律案」(衆議院HP)の最後の方を見て頂くとして、「防衛」「外交」「特定有害活動」(要するにスパイ)「対テロ」にかかる情報が列挙されています*3
 尖閣ビデオは、海保に対する民間漁船の妨害行動であるわけで、自衛隊の担当する「防衛」でなく、また国家の作用である「外交」に関して取得された情報とも言えないように思われます。テロについては12条に定義があり、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的」が認定できないように思われるので、やはり該当しないのではないかと思います。特定有害活動についても、漁船が実は無線傍受船でした、とかでない限り該当しないでしょう。
 …というわけで、尖閣ビデオは「特定秘密の要件には該当しない」というのが私の予想です。その意味では、上記の自民党議員の発言は正しいのではないかと思います。

(2)条文上該当しない情報が特定秘密に指定されたら?
 しかしながら、国境の警備にかかる海保の活動というのは、外交及び安全保障について重大な影響を及ぼす場合があるのは当のビデオ流出事件で明らかな通りで、広い意味では防衛・外交に関わる情報ともいえるわけです。事件当時の民主党政権は、尖閣ビデオについてこれを公開しないことを決定しており、「外交上重大な影響を及ぼすおそれがある」というのが主な理由であったはずです。2010年の事件当時特定秘密保護法が存在していたら、当時の政権はこれを利用して、海保長官に尖閣ビデオを特定秘密指定させたいと考えたはずです。
 条文上該当しない情報を特定秘密指定することは、違法な行政処分となりますが、これは何らかの方法で取り消されたりしない限り、有効なものとして取り扱われてしまうのが行政法の原則*4というものです。つまり、条文上特定秘密指定をできない情報であっても、指定してしまえばその情報は特定秘密として取り扱われることになるわけで、「とりあえず指定してしまえ」という行動は政府にとって実際合理的な行動といえるでしょう。
・指定の解除を求めることができるか?
 違法な指定の場合にこの取り消しを求めることができるかというと、これは困難と思われます。まず、法案には指定の解除を求める手続き等の規定等が一切ありません*5。よって、指定の取消は通常の行訴法上の取消訴訟によらなければならないですが、これについては、まず対象となる行政行為が「処分」にあたるものでなければならず、また誰がその訴訟を起こすことができるか、という「原告適格」が制限されています。特定秘密指定は刑罰の範囲を画する効果があるため処分性は認められる余地がなくはないかもしれませんが、これの取り消しを求める利益が個人にはないということで、原告適格がないので却下*6判決、ということになりそうに思います。
 というわけで、条文上該当しない情報でも指定してしまったもの勝ちなので、該当しないかもしれない情報でもとりあえず指定してしまおう、ということになるのではないかと思います。

(3)指定の効果は?
・何が処罰対象か?
 特定秘密の取扱者及び法定の提供を受けた者による漏洩が処罰されます(法案22条1項、2項)(これ自体は、国家公務員法に既にある秘密漏示罪の罰則を加重するものです)。
 漏洩の未遂が処罰されます(22条3項)。
 過失による漏洩が処罰されます(22条4項、5項)。
 漏洩に共謀し、教唆し、又は煽動した者が処罰されます(24条1項、2項)。

・裁判上の効果は?
 漏示罪の構成要件は、「特定秘密」の「漏示」なので、特定秘密指定がされていれば足りることになります。前述の違法な指定の場合であっても、特定秘密指定はされているため漏示罪は構成され、実質的に特定秘密にすべきでない情報であることは、違法性阻却事由として被告人の側で立証しなければならないことになるでしょう。
 なおこの場合、前述の「未遂罪」として起訴された場合、当該情報は手に入れられなかったので、これを立証することは不可能となるでしょう。特定秘密の作成者を証人尋問したくても、「当該監督官庁の承諾がなければ証人として尋問できない」(刑訴144条)*7とされていて、秘密指定した当の官庁が承諾するわけがないので、未遂罪の場合には、指定があるだけで内容を問うことなく有罪にできるという危険があることは否定できません。また、内容の如何を問うことなく有罪になる、という問題点については、共謀・教唆・煽動についても同様に妥当しえます。
 教唆については、特定の行為者に対して具体的な犯罪の遂行意思を生じさせ、行為者がするであろう行為の認識・予見を要するという解釈が刑法61条について存在し、これに基いて解釈されることになるでしょう。
 共謀については、法案は「実行なき共謀」を罰する趣旨のものです。およそ共謀を罰する種類の罰条の創設の危険が言われる中、裁判所のいう「共謀」概念も拡大の一途(→ 2006-04-23 /元検事の落合洋司弁護士のブログ)であり、例えば、情報の漏示について「ビデオをyoutubeに上げるなら、匿名化にはこれこれの手段を用いれば発信者がバレることはない」とか掲示板に書き込めば書き込み者も管理者も共謀罪で逮捕、なんて危険もあることになるでしょう。
 煽動については、具体的な相手・行為の特定の必要もなく、不特定多数者に対して情報の漏示を薦めるような行為であれば「煽動」と解しうるわけで、尖閣ビデオ事件について言えば、当時ネットにあふれた「ビデオを全世界に公開しろ」といった書き込みは、法案が成立した暁には、煽動行為と解することができるでしょう。

 なお、公益を図る目的で秘匿すべきでない情報を公開させるための漏示については、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為について」のみ、かつ「法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限り*8」違法性が阻却される(21条2項)としています。つまり、職業記者以外は公益目的でも有罪です。また、21条1項の適用指針については、この種の規定は、神社の御札くらいの効果しかないシロモノで、残念ながら裁判所の判断に具体的な影響を与えるものではありません。

3.ネット民と法案
 というわけで、防衛・安全保障等にかかる情報の漏示の処罰の必要性についてはこれを別に否定するものではないのですが、ちょっと処罰範囲が広すぎるので危険だと思いませんか、あなた?という趣旨でした。
 立法の趣旨がそれなりに妥当と認められるような場合であっても、よくよく条項を見てみると危険な(ときには立法趣旨に反するようなものまで)条文が挿入されることは珍しくないものです。また、立法時の政権は不当に利用する意思がなくても、存在している法は、その時点での政権が都合よく用います。今回の特定秘密保護法について言えば、自民党政権の守りたい「特定秘密」に限らず、(あるかどうかは知らんけど)民主党政権の守りたい「特定秘密」も、共産党政権の守りたい「特定秘密」も同様に刑罰の脅しをもって秘匿する法律として機能します。それがどの政権に対しても許せる、という内容である場合に限って、法律として制定を許すべきものであると考えたほうが良いのではないでしょうか。

*1:私も当時、「何ですぐに全部公開せんのや!」と怒っていたような気がするところですが、慌てて過去ログを確認したところ、漏洩後に、なんで隠しとったんや!と言っているのは発見できたけど、漏洩前に「公開しろ!」とかは言ってなかったようで残念(?)です。

*2:海上保安庁法5条、2条1項

*3:これについては、制限列挙なのか例示列挙なのかは明らかでないですが、処罰対象の決定にかかる列挙であるので、制限列挙(列挙外のものは該当すると解してはならない)と解されるであろうと考えられます

*4:公定力と呼ばれます。詳細は省略。

*5:国民からの請求によって指定の解除を求める手段がない、ということです

*6:つまり、指定の違法の有無の実質については判断せず門前払いする

*7:「国の重大な利益を害する場合をのぞいて承諾しなければならない」のですが、特定秘密にかかる証言なので承諾しなくていいということになるでしょう。

*8:西山事件を有罪とした上記の判例の維持を意識したものでしょう。