混迷の『児童ポルノ』概念を整理する

 事の発端は、2015.10.26の「子どもの売買、児童売春、児童ポルノ」に関する特別報告者 マオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏の会見と、その報じ方にちょっと適切でないところのあったAFPのニュース(を拾ったヤフトピ、と言ったほうが適切かもしれない)である。

 児童ポルノに関する国連特別報告者の会見とその報道についてまとめ(togetter)

 実際の発言内容と報道の内容は上記リンク内を参照。AFPが当初、「漫画の児童ポルノ禁止を日本に要請、国連報告者」というタイトルで記事を上げた*1ことから、「また創作物規制か」という反感を買ったことに加え、児童買春に関する情報がソース不明のガバガバ情報やら日本法についての誤った知識やらという燃料もあったり、「秋葉原児童ポルノを大量に取り扱う店がある」というような情報を発信する個人なり団体なりに原因があるのでは?といった憶測から、情報が整理されないまま爆釣状態になった。

 それで、この件に関する議論が錯綜する(というか相互に噛み合わない)最大の原因は、禁圧の対象としての「児童ポルノ」という概念について話者によって範囲がバラバラなところにあるように見え、少しでも整理しよう…という試みが本記事である。とはいえ、個人ごとに異なるレベルの話というのはどだい整理のしようもないため、法規制の要求があったこと、また国連の関係者*2の発言であったことから、法律・条約上の概念を規準に、多様な「児童ポルノ」が大雑把にどのように整理できるかという話をしてみたい。本稿は大雑把な概念を説明するにとどまるので、具体的な事件の参考にはならない。


【1】「対象者」と「行為」で類型を分ける

 まず、児童ポルノと呼ばれるからには、「児童」で「ポルノ」という2要素があるので、それぞれを切り分ける。

 まず「児童」について、1,年齢から児童とされる自然人*3、2,年齢上児童でないが外観上児童に見える自然人、3,非実在人、と分類する。
 1,について、とりあえず18歳未満*4の自然人とする。日本法でも児童福祉法4条1項、児ポ法2条1項*5が同様に「18歳に満たない者」を児童と定義し、また、児童の権利に関する条約*61条も、「18歳未満のすべての者」を児童と定義している。これはつまり、十分な判断力を有しない未熟な者として特に保護する必要があるか否か、で分ける趣旨である。
 2,は、年齢上1,の児童でない(つまり19歳であったり、21歳であったりするであろう)者で、児童でなくなった直後の者であったり、個人差・メイク・髪型・服装等の調整によって、児童のように見せた者という意味になる。このような者の場合、まずは特に保護を要する未熟者でないことを念頭に置く必要がある。次に、1,の児童と外観上区別が困難であり、かつ需要者*7にとっては1,と2,は同様の価値を持つ*8ということを考慮する必要がある。
 3,についてはあまり説明の必要がないが、自然人の不存在が要素で、創作の絵画・漫画・アニメ等。

 次に「ポルノ」について、A露骨な性行為の描写、B性的部位の描写、Cそれ以外、くらいに分けておく。分け方は後述の条約に合わせたもので、必然的な分かれ方というわけではない。Cには、仮想の行為とかが入り、「画面内には見えないけどなにかが起こっている」「白い棒アイスをしゃぶらせている」みたいなのも入ることになる。


これで、下のような3*3のチャートが作れる。

X 1 2 3
A○○○
B○○○
C○○○

○=非該当(違法でない)
●=該当(違法)
▲=一部該当するものがある

 これをもとに、「児童ポルノ」という文言で括られる各々異なった範囲を、「どの児童ポルノか」に分解し、整理する。


【2】主要な法律・条約上の「児童ポルノ」概念の範囲
(1)児ポ法2条3項1〜3号
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO052.html

X 1 2 3
A●○○
B▲○○
C○○○

 1号がA1、2号3号がB1で、「触る行為」とか「性欲を興奮させ又は刺激するもの」とかの限定がある。いわゆる「着エロ」の一部は該当する*9。というわけで、アダルトビデオとかを扱う店の店頭にあるもののうち、児ポ法上の児童ポルノが実は混ざっている場合があり得る(もちろん中の映像を見てみないと判別できない)、ということになる。この定義で言う「児童ポルノ」が大量に陳列されている店がある、と断じることができるのは、パッケージを見てわかるほどに中身に詳しい場合に限られることになるはずである。
 2のゾーンが規制対象でないのは、児ポ法が「児童の権利を擁護することを目的とする」(1条)ものであるため、その趣旨から児童(18歳に満たない者、2条1項)でないものを保護するものでないため。同じく、児童の存在しない3も対象外である。*10

(2)児童の売買等に関する児童の権利条約選択議定書2条(c)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_13a.pdf

X 1 2 3
A●○○
B●○○
C○○○

 条文は「あらゆる表現(手段のいかんを問わない)」とあり、絵画等を排除していないが、表現の対象が実在していることは必要であるとされている*11。「児童の」権利に関する条約ということもあってか、児童の実在性が要求され、2,3,のゾーンは対象外となっている。(1)の日本の児ポ法の定義と異なり、性欲を興奮させ云々、というような限定はなされていないため、(1)より該当範囲が広いといえよう。

(3)サイバー犯罪条約9条2項a〜c
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_4a.pdf

X 1 2 3
A●▲●
B○○○
C○○○

  sexually explicit conduct(性的にあからさまな行為*12)について、未成年者、未成年者に見える者、これを表現する写実的映像を対象とする。ただし、A2の「未成年者に見える者」については、その者が成人であることが証明された場合には刑事処罰から免除される規定である*13(この規定のしかたから、未成年でない者であっても、被告人側がそれを証明できなければ有罪となるため▲としている。)。A3の写実的映像についてはそのような限定がない。対象ではなく、描写の内容で規制する本条約は、未成年者の保護のようなものを目的とするのではなく、社会秩序維持を目的とするもの、つまり、日本の刑法175条の「わいせつ」規制に近いものである。この概念は、「性行為が描写されているようである」+「実年齢・実在非実在を問わず、児童に見える」とサイバー犯罪条約上の児童ポルノに該当するということになり、例えばエロゲのパッケージ裏を確認することで、サイバー犯罪条約上の児童ポルノと判断することがおそらく可能であり、「秋葉原に溢れている」といっても誤りではない*14とも考えられる。
 日本はこの条約を批准しているが、条約9条4項は締結国に留保を許している*15ところ、日本は実在児童の場合のみを対象とすることとしており*16、条約9条2項b,c,について留保している。つまり、国内的にはA1のみが規制対象になっていることには留意する必要がある。なお、仮に日本が留保をしていなかったとしても、憲法は条約に優先する*17ため、憲法(例えば21条1項とか)との抵触を生じる範囲では条約上の義務通りに立法出来ないことは当然あり得る。


 …と、ここまでが、既存の法律ないし条約上の「児童ポルノ」概念ということになる。ここまでの類型で、A−1(年齢上の児童であり、かつ性行為を描写するもの)が禁止の対象となることは、どのような目的をもってしても共通するところであり、わいせつ性、社会秩序に重点を置くと横方向(右方向)へ、権利利益の保護に重点を置くと縦方向(下方向)へ、というようなチャートの埋まり方をするように可視化されたのではないかと思う。


【3】他に想定される「児童ポルノ」概念の範囲

 上記の概念のほか、何を禁圧すべきかについては数種類の考え方があろうと思われるので、代表的と思われるものを紹介する。もちろん網羅は不可能であるし、論理付けも他のものがあろうかとは思われる。

(1)「児童性虐待記録物」(としての児童ポルノ
児童ポルノではなく【児童性虐待記録物】と呼んでください。(change.org)

X 1 2 3
A●○○
B●○○
C▲○○

 この概念は、直近の児ポ法改正に先立って、創作物規制をこれに含めよう、あるいは将来の規制に向けた道筋を作ろうという内容が混入されそうになった(自民案*18附則第2条)時期(2013年頃)に広まった概念である。児童ポルノの語を括弧書きにしているのは、児童ポルノという語それ自体が誤解を招くものであり、また保護しようとする法益と一致していないことから、その語の条文上の使用をやめるべきである、という趣旨からである。
 この概念による規制が目指すものは、「児童の権利の保護」である。児童の権利に関する条約*19も、児ポ法*20も、法全体の最終的に目指すべきところは、児童の権利の擁護にある。そして、その最終目標に資するように画像・映像等の作成・流通・所持について規制するのであれば、画像・映像等が性的虐待の半永久的な記録となり、児童の権利に対する重大かつ継続的な侵害を生じる点を重く見て、これを特に(刑罰の威嚇をもって)禁ずるべきであろう、ということになる。規制すべき範囲は、この保護すべき権利の範囲から、現実の児童を対象とし、性的虐待を記録する物、ということで、A−1は当然、A−2の性的部位の開陳をさせることは性的虐待にあたるであろうから含まれ、A−3のうち作成時の行為態様が性的虐待にあたるものがあれば規制対象とすべき、ということになる。2、3のの縦列は、児童でない者の記録物であり、児童の権利に対する侵害を直接に生じるものでないため、対象外となる。

 個人的には、刑事罰を以っての規制対象はこの範囲に限るべきであろうと思う。


(2)需要者に着目する「児童ポルノ

X 1 2 3
A●●○
B●●○
C▲▲○

 需要者に着目する、というのは、需要者の視点でという意味ではなく、被害者でもモノでもなく、抽象的に児童の権利を侵害するであろう加害者予備軍(=需要者)を想定して禁圧対象を定めるという意味である。その抽象的加害者の欲しがるものを禁圧しよう、それによって加害者の発生を防止できるのではないか…と考える思考に基づくと思われる。この概念が拡散しきった状態になると、後に挙げているジェノサイド系になる。
 この概念も、縦列を基礎に考えていることからわかるように、児童の権利の擁護を目的とするが、そのために許容する手段を拡張するものである。「児童の権利の侵害は、加害者によって行なわれる。侵害の防止のためには、加害者を発生させないことが必要である。加害者は、本来現実の児童に対する侵害を行うような者でないとしても、児童ないし実は児童ではないが児童のように見える者が出演するポルノを見ると、欲望を抑えることができなくなり、現実の児童に対する加害を行うのである。ゆえに、そのようなポルノを規制するべきである」、というような一応の理論に基づく*21
 主体の1と2が、需要者にとって同質であることは既に述べた。それゆえに、1と2の境界である年齢は問題でなく、需要者にとっての意味である、児童のような外観に基づく規制を行うべきということになる。
 なお、十分な判断力を有する(未熟者としてその自由を制限される児童ではないはずの)者が、自己の意思に基づきアダルトビデオに出演して対価を得る自由(これも、性的自己決定の自由のうちにあるはずである)を奪われることになる、という副次的問題を生じることになる*22

(3)浄化だ、社会浄化あるのみ:不浄なるモノとしての「児童ポルノ

X 1 2 3
A●●●
B▲▲▲
C???

 児童を性的対象として見ることは善良の性的社会風俗に著しく反する。よって善良の性的社会風俗を保護法益とするわいせつ物規制(刑法175条)と同様の根拠で、かつ、より厳しい内容の規制をすることによって善良の性的社会風俗を維持しなければならない。そのような理解に基づく、いわば「倫理的な意味の児童ポルノ」とでもいうべきものである。
 善良の性的社会風俗をそもそも刑事法の保護法益としてよいかについて、一定の「道徳」を法によって実現させようとするものであるため、争いがある*23。なお、このようにして社会的イメージを法律で「浄化」しようとしたところで、それに係る犯罪が減少するわけでないことも容易に想像がつくことかと思われる。
 2の縦列を含めることにより自己決定権との、そしれ3の縦列、創作物を含めることにより表現の自由との衝突は不可避であり、頒布や所持を全面規制する内容で現在において立法するとしたら、違憲との批判を免れない。これを擁護してくれる著名な法律学者は1〜2人しか思いつかない。


(X)みな殺すべし慈悲はない:ジェノサイド系「児童ポルノ

X 1 2 3
A●●●
B●●●
C●●●

 需要者着目の究極の拡大(オタクもみんな児童に対する性犯罪予備軍)か、浄化理論の究極の拡大(児童に対し性的なイメージを想起する可能性のあるものすべて滅ぼすべし)か、又はその両方によってここにたどり着いてしまった。理論的整合性とか社会制度としての妥当性とかはここに来るまでのどこかで失われてしまい、原理主義的概念に成り果ててしまったもの。ここにたどり着いている人はおよそ対話の意義も薄い。

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 ……というわけで、大雑把に6+1ほどの概念を整理してみました。他人の話を聞くとき、また自分が発話するとき、どの概念としての児童ポルノの話をしているのか、また、本稿でやっていたような法規制の話なのか*24、個人の感想の話*25なのか、被害者支援の話*26なのかによって語るべき範囲が異なることも考えておきたいですね。ということで今日の記事はここまでです。試験勉強に戻ります。

*1:2015.11.4時点では「「極端な」児童ポルノ漫画は禁止を、国連報告者が日本に呼び掛け」というタイトルに変更されている。 http://www.afpbb.com/articles/-/3064264

*2:当人は国連の職員等ではない。詳細は「特別報告者」について検索されたい

*3:権利の主体となる個人、という意味の法律用語

*4:何歳が妥当か、ということは議論の余地があるがここでは脇へ置く。

*5:本来は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」ですが長いのでこう略します

*6:子どもの権利条約」と訳すべきであるという意見もある。本稿では外務省の公表する訳文による。

*7:例えばその種のビデオを見る人を想起されたい

*8:明らかに非児童と判別できるようであれば需要者にとってはあまり価値が無いということになるでしょう

*9:参考:奥村徹弁護士の見解 http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20150930#1443602853

*10:3Bか1Bかが争われている事件があり、東京地裁で審理中。 https://www.bengo4.com/c_1009/c_1406/n_3790/

*11:朴景信「児童ポルノ規制に対する国際条約及び外国法制に対する正しい理解」園田寿・曽我部真裕『改正児童ポルノ禁止法を考える』123頁(日本評論社、2014)

*12:という公式訳だが、ようするに性行為をいっていると思われる。

*13:朴・前掲125頁。

*14:コーカソイドが見るモンゴロイドの外見年齢のズレ加味すれば、実写についても我々が考えるよりもさらに広い認識を持つ可能性もある。

*15:条約は批准するが、条項を選んで、自国内に適用しないことを宣言できるという意味。

*16:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/C-H16-7_2.pdf

*17:芦部信喜憲法』〔第六版〕384頁(岩波書店、2015)。

*18:http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18301022.htm

*19:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html全文、3条1項、19条。

*20:1条。

*21:その論理が飛躍であることは散々言われているところでもある。

*22:この理論についての詳細は、大屋雄裕児童ポルノ規制への根拠――危害・不快・自己決定」園田寿・曽我部真裕『改正児童ポルノ禁止法を考える』108-111頁(日本評論社、2014)。

*23:刑法学の世界でも、肯定派として団藤重光、前田雅英など、否定派として平野龍一西田典之など(西田は現行法の解釈論としては風俗を保護法益と解するほかないが、立法論としては否定するのが妥当とする。西田典之『刑法各論』〔第五版〕381頁)。

*24:刑事法の謙抑性、自由保証機能に配慮しなければならない。

*25:つまるところいかなる内容でも各人の言いっ放しでよい。

*26:刑事法と逆に、漏れや救済の谷間が生じないように配慮しなければならない。