再論・自民党憲法案考:告示を前に

 今年4/29に書いた、自民党憲法案考:「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」 - こいつにコンティニューだ!自民党憲法案考)の続きです。当時言及したtogetterまとめ「国民の基本的人権は国家が自由に剥奪できます」という自民党改憲案のトンデモ内容まとめ - Togetter とも関連します(まとめの中の特定の意見につき賛成又は反対を表明するものではありませんが)。

 間もなく衆議院選挙の告示日です。4月に発表された自由民主党憲法草案は、内容を変更しないまま、「憲法の改正を実現する」とする今回の衆院選での同党の政権公約の内容となっていると考えられます。内容は以下に再掲(草案本体及びQ&A集)。

Q&Aと草案

 前回の記事と、そのコメント欄での対話を踏まえてもう一度、自民党憲法案がいかなるものであるかを考え、ここに記しておきます。まず、★1日本国憲法の改正限界について確認し、★2自民党憲法改正草案がいかなる意味を持つのかについて再考したいと思います。特に前者については、議論の性質上、法学的な度合いが増しておりますm(_ _)m


 ★1改正限界について
 まずは、前回のコメントの指摘を受けて、日本国憲法の改正限界について確認しておきたいと思います。憲法改正に限界があるかについて、国民の主権は絶対的な(憲法の制定力については既存の条文によって制限されない)ものであり、改正手続きによればいかなる内容の改正も可能であるとする説は一応存在します*1。ただ、同説を否定し、法的な限界が存在するとする説が通説で、理由は以下の通り。人権規定に関する改正の限界については、人権(自由の原理)と国民主権(民主の原理)が共に「個人の尊厳」の原理に支えられて非可分に共存するものであるため、憲法改正権は、憲法中の根本規範たる人権宣言*2の基本原則を改変することは許されないと解されるから*3とされています。一般に、「基本的人権の尊重を後退させるような改憲は許されない」などの言説が見られるのは、こうした解釈に依拠するものと言えるでしょう*4
 さて、翻って自民党憲法草案を見るに、国民主権の原理を直接に否定するものではないように見えますが、「個人の尊厳」の概念を捨て去り*5、「公共の福祉」概念を否定*6して人権規定の基礎を国民の不利益に変更するもの(この変更がいかなる意味を持つのかについては、前回の記事を参照)です。個人の尊厳を否定して人権を縮減する改正は、国民主権の原理に対する挑戦であることは前述の通りであるため、自民党憲法草案の内容の日本国憲法改正は憲法改正の限界を超えるものであって許されないと解されることになると思われます。
 改正限界を超える改正がされた場合の取り扱いについては、改正が無効と解釈されて旧条文が適用されることになるのか、ちょっとわかりかねます(「公益及び公の秩序」について、「公共の福祉」の範囲に限定解釈する等の操作がありうるかもしれません)が、改正後の条文の規範性を認めない解釈を裁判所がすることになると思われます*7


 ★2自民党憲法草案の意味について
 では、仮に自民党草案通りの憲法改正が行われた場合にもその効力がない(つまり、改正手続きは取られたが、実質的に改憲は果たせなかった)として、この草案がどのような意味を持つのかを記しておきます。憲法の改正限界を侵す改憲案を想定すること自体は自由であるし、そのような内容の改正を求める言説も、現行憲法21条1項が保障するものです。つまり、「このような憲法改正案を想定してはならない」という批判は無意味である(というかこのような自由こそを保障するのが表現の自由である)し、逆に「現行憲法の改正限界に従って解釈されるのだから問題ない」と言うのは、自民党がこの憲法案に込めた思想を否定するものであって、批判に対する対応にはならないと言えるでしょう。では以下に、前回と一部重なりますが、自民草案の思想がいかなるものかというのを考えてみようかと思います。
 自民党憲法草案は、近代国家における人権が「人間の固有の尊厳に由来する*8」ものであってその承認にいかなる前提も必要ないとする人権概念*9を否定*10し、「我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたもの*11」として、独自の人権概念*12を想定するものです。また、これに加えて人権の制約原理として「平穏な社会生活に反すること*13」を想定しています。「歴史・文化・伝統を踏まえた人権」として、人であるだけで本来的には認めない人権を特に憲法の規定により認めるということは、歴史・文化・伝統に反する自由が保障の対象外となる危険をはらんでいます。例としては、「公共の場においては静粛にするのが日本国民の文化・伝統であるので、「公共交通機関その他の公共の場所において騒音をたてた者を罰する*14」」などの法律を想定しうることになるでしょう。歴史・文化・伝統といったワイルドカードを理由とする自由の制約の危険性について、重ねて語ることはしません(長いので)。

 以上をまとめると、自民党の思想は、右翼とか保守とかそういうレベルをとっくに超越しているわけで、立憲主義を否定し、自然法を否定する、即ち近代そのものを否定してプレ近代国家へ向かうパラダイムシフトを起こそうとする壮大なものであるということができるでしょう。



 政権公約の他の内容を総合した時にいかに他党より優越*15していたとしても、このような憲法草案を掲げる限りに於いて、残念ながらあなた方に票を差し上げることはできない、と自民党に申し上げたいと思います。

*1:芦部信喜憲法」第4版(2007岩波)379頁

*2:法クラには不要な説明ですが、「1948年世界人権宣言」ではなく、日本国憲法における人権規定の部分をいいます。

*3:芦辺「憲法」379-380

*4:もちろん、何も考えてない頓珍漢がいるのも否定しませんよ

*5:自民草案・改正13条

*6:自民草案・改正13条、21条、29条など

*7:違ったら誰か教えてください

*8:国際人権規約

*9:芦辺「憲法」80頁

*10:自民草案における97条の削除

*11:自民草案・前文、Q&A 13

*12:歴史的・国家的要素を前提とした独自の人権概念を持つ憲法に、中華人民共和国憲法など。http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/1480/1/KJ00004473275.pdf

*13:Q&A14

*14:赤ちゃんを泣かせたら逮捕されますね

*15:エネルギー政策等、実際に自民党の掲げる政策に他党と比べて優越する点があることも認識しています。