法定相続分判決:賛否の両派に捧ぐ

非嫡出子法定相続分違憲判決なるものが出ました。

法定相続分の差異ある取扱いが違憲であるとされた理由については、下のリンクの判決文のうち、だいたい半分まで(10ページとちょっと)なので、読むのにそんなに苦労しないと思いますのでぜひ実物を見ていただきたいと思います。後半については、たぶん法律家しか興味を持たないところなので読み飛ばしていいと思います。なお本判決については、補足意見は付加されていますが、14人の判事全員一致による法廷意見となっているようです。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=83520&hanreiKbn=02

 この判決の是非については、各人が多様な見解を持ちうるところで、自由な議論がなされてしかるべきものであると考えるところです。

 しかしながら、前提として必要になる知識というものが当然にあります。なぜそうなるかというと、裁判所の判決*1というのは、すべて「その事件の事実関係に基づいて」判断がされるので、適用される法律の内容とかについて知らないまま議論しても意味がないということになります。というわけで、非法学系の人に多少でも理解してもらえたらいいねぇと思って多少の説明をしようかと思います。なお中の人は別に家族法憲法も得意でないので、ミス等ありましたら教えていただけると幸いです。

 今回のこの判決では、民法900条4号但書を適用してよいかどうかが問題になりました。条文は以下の通りです(「ただし〜」以下が『但書』と呼ばれる部分です)。

第4号
 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。


 ・・・とまあ、おそらくこの条文を読んでも何のことかわからんのが普通だと思います。また、わかったつもりでいても正しく捉えているとは限らないわけです(新聞等の報道でも必ずしも正確でなく、いわゆるまとめサイト等の情報については言わずもがなである*2)。とりあえず、「嫡出」「(法定)相続分」あたりの意味だけでも正確に捉えておかないと、上の条文がどのような規定で、またなぜ違憲とされたのかを理解できなくなってしまうと思われます。ついでに言えば、そこを理解しないと、違憲判決に対して異を唱えたいとしても的外れな批判になって意味がないということにもなります。


◆「相続分」(民900条)とは?
 被相続人(死んだ人のこと。相続の対象となる相続財産の旧所有者)の権利義務についての各相続人(相続によって権利義務を引き継ぐ人)の割合をいいます。例えば、配偶者との間に子二人の場合には配偶者に1/2、子に1/4づつ、というアレです。ここでいう相続人については、子(民887条)、配偶者(890条)、子の補充規定の胎児(886条)、子のいない場合に限り親・兄弟(889条)等が規定されています。
 なお、この法定された相続分通りに相続がされるとは限らず、協議等によりこれと異なる分割をすることは可能です*3。ただ、協議調わず裁判になったような場合には参考にされる相続分ということになるので、それなりに重要な意味を持ちます。
 また、金銭債務(つまり借金)については、被相続人の死亡と同時に相続分に従って相続人に割り振られることになる*4ことになります。

◆「嫡出」(民772条)とは?
 婚姻中に妻が懐胎した子は夫の子と推定され、これが嫡出子と呼ばれます。
 生物的な意味での親子関係と法律上の親子関係については、これを関連させようとする努力はされるにせよ、一応別のものとされます。母と子の関係については、分娩の事実を基に当然に親子関係を認めています*5。父の場合は、その人の子かどうかというのは当然に明らかになるようなものではないです。このため、婚姻後に懐胎した場合に夫の子と推定する上記の規定があるわけです。また、懐胎した後に婚姻し、その後出生届が出された場合には、出生届が認知(認知については後述)の意思表示を兼ねるものとして扱われ、子は嫡出子の身分を得ることになります(民789条2項)。これについては、出来てから結婚するという現代的な婚姻に対応したのではなく、「子を懐胎するまで嫁と認めず、同居はさせるが婚姻させない」という明治〜大正スタイルに対応して、内縁中の懐胎については嫡出子として認めたほうがいいよねぇという判断に基づいて始まったもの*6だそうです。

◆「認知」(民779条)とは?
 嫡出でない子について、親は認知をすることが出来ます。
 母親については認知を待たずに分娩の事実から親子関係の発生を認定されるので、事実上の制度としては、法律上の父子関係を発生させるための制度です。父の意思表示により、法律上の父子関係が出生の時からあったことになります。


 さて、これらを前提に900条4号に戻ると、父が死んだ時に、父に法律上の子が複数人いて、嫡出子と非嫡出子がいたときに、非嫡出子の法定相続分は嫡出子の1/2とする、というのが、今回違憲判決が出された法の内容です。「嫡出でない子」(非嫡出子)というのは大まかにいうと、婚姻中に妻が懐胎した子でなく、また、両親が婚姻していない状態で生まれた子のうち、父の意思によって認知された子、ということになります*7
 
 これについて、合憲であるとした判例最判平7・7・5民集49-7-1789)が、法律婚を尊重するという立法の理由に合理的根拠があるとしていました。一方、同判決には改正を示唆する補足意見4人と、反対意見5人が付されていて、反対意見の根拠は、●父母の婚姻の有無は子の責任でなく、不利益を受ける理由はないこと、●相続分差別があることによって婚外関係を抑止できるものでない*8こと、●法律婚の尊重と相続分差別には論理必然性がない*9、などが言われています。学説にはもっと様々なものがあげられていますが、キリがないので割愛します。


 これらの前提を踏まえた上で、本判決では非嫡出子法定相続分を嫡出子の半分とした民900条4号の規定は違憲であると断じられました。本件の違憲判決に異議があるのかないのか、まず報道を鵜呑みにするのでなく判決そのものを読まなくてはならないですし、また判決文に対応しない批判は意味がないですので、よくよく考えてみるとよいのではないでしょうか。


 なお中の人は世の不道徳の守護者でありたいと常々思っていて法律婚の尊重の必要とか別にないんじゃないかとか思ってますし、父が子と認めたもんに差をつける必要はなかろうと思いますが、(自由に対する制約でなく、制度設計上の平等の問題なので)婚姻制度の云々についての思想的争いに首突っ込むのもめんどくさい気がするので、この記事で自説を長々と説くようなことはしないことにします。

*1:今回のは「決定」ですが

*2:なお、この記事もネットに流れる程度の情報の一つであろうとのご指摘はごもっともである。

*3:遺言がある場合については複雑なので割愛

*4:遺言ある場合について割愛

*5:他人の子の出生届を出す、みたいな場合も例外的にあるでしょうが

*6:二宮周平家族法』第3版155頁 新世社2009

*7:つまり、おそらく最初に思い浮かべるであろう「愛人との間の子」だけではないということです

*8:実際婚外子は増加の一途であったり

*9:不倫関係には不法行為が成立して損害賠償請求の対象であり、また婚外の内縁関係にある者は相続人にならない等の、直接の法律婚の保護とはその効果が違う