話の通じる人と通じない人―性的表現の自由(5)

 友人のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/bokusatu/20101210)に関連して。

 まず、(こっちは今日の記事としてはメインじゃないですが)東浩紀氏の方は、重要な示唆を含んでいる。引用記事になっているまとめブログのタイトルのつけ方は誤誘導を招く拙いものだが、先入観を抜きにtweetの内容だけを読めば彼の主張が見える。曰く、"個人的嗜好を超えた反対の強い公共的論理を発見できない。だからみなに尋ねている"(引用記事内tweetより)と。つまり、東浩紀は推進派vs反対派の対立内容はきちんとわかった上で、その理論武装の度合いを問題にしている。まず、規制推進派の主張は、合理的なものと言えるかどうかはともかく、世間に共感を起こさせるだけの理論を一応の形式だけでも持ち合わせている(その非合理性については前々回および前回の記事を参照されたい)。一方で、規制反対派は一体どのような主張で説得しようとしているのかが見えにくい、というのが彼の主張であろう。もちろん「俺が見たいから」という主張が全くもって説得的でないことは当然ながら、反対派の中でも規制そのものを否定するのか、あるいは規制の手段や手続を問題にしているのか等、「何に」「なぜ」という主張の内容が大変に見えにくいものとなっている。それが、規制反対派が構造的に抱える弱点であり、東氏の主張には耳を傾ける必要があるだろう。


 さて、問題は2つ目の引用記事。平野耕太がああいう感じなのはいつものことで、彼の主張が議会でされるわけでもないのでほっときますが、問題は猪瀬直樹の方。彼のtweetは、いわゆる「通じない話」である。話の通じない人、というのも実際さほど珍しいものではない。

 例をあげよう。今ここに、「Koreaの首都はソウルである派」と、「Koreaの首都は平壌である派」がいるとしよう。平壌派の青年の一人ががこう主張したとしよう。「Korean Peninsulaを統治する唯一の正統な国家はDPRK(いわゆる北朝鮮)である。RoK(大韓民国)は事実上米国の属州に過ぎず、国家として認められない。DPRKの首都たる平壌こそがKoreaの首都である」というものだ。一方で猪瀬某は、ソウル派に属する。彼の主張はこうだ。「平壌派は金正日に洗脳された行き止まり人間だ。韓国のほうがおもしろくて未知で愛おしい国」と言う。

 このようにすれば、「通じない話」というものが見えてくる。対象を誤り、根拠付けを誤り、結論は意味を為さない。つまるところ、「そういう話してないだろ」ということになる。twitterというモノ自体が、「通じない話」を量産するメディアであることを自覚している利用者は少ない。猪瀬直樹について件のtweet以外に知ろうとも思わないが、副知事たるほどの者がそれを自覚していないのか、あるいはそもそも「話の通じない人」なのかのどちらかなのであろう。ただ、反面教師としては意味のあるtweetを見せてもらえた。今後、このダイアリーでも「通じる話」を心掛け、現実でも「話の通じる人」になろうと思う。