イーゼンハイム祭壇画と宗教画の本質

 ぬおー体調が悪いぞー


 BSで「怖い絵」をやっていたので見る。ドイツ文学者の中野京子の解説で、マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画」。絵は、その絵だけを切り出して鑑賞するものではなく、その場所・時代背景等を含めてみると違うものに見えるという。
 イーゼンハイム祭壇画は、磔刑図のキリストの絵の凄惨さで知られる。絵の中のキリストは、よく見ると体中に傷があり、出血している。このキリストの様子について解説があった。

 麦角菌による中毒(当時「聖アントニウスの火」と呼ばれた:麦角菌(wikipedia))の流行した中世ヨーロッパで、イーゼンハイムに聖アントニウス修道院付属の施療院の礼拝所にこの絵は飾られていた。施療院は聖アントニウスの火にかかった患者にとって唯一の救いの場所であり、患者たちは体中の発疹から血を流し、壊死する手足を引きずってヨーロッパ中から集まってきた。そしてたどり着いた患者が礼拝堂に入って見たものが、まさに体中の発疹から血を流して苦悶の表情を浮かべるキリストの磔刑図であった。
 そして、患者たちは自らの苦しみとキリストの苦しみをなぞらえて耐え、麻酔のない時代の切断手術に耐えたのだという。

 また、この祭壇画は観音開きの3重構造になっていて、1つ開くと受胎告知・キリスト生誕・キリスト復活の3図が現れる。そしてその奥には、聖アントニウスの彫像の収められた厨子があり、その左右には、病魔に抵抗する聖アントニウスの図が広がる。それぞれ日曜・聖アントニウス記念日に見ることができたという。


 その解説を聞いてみて、改めて面白い絵だと思った。暗黒時代の中世ヨーロッパにおいて、病人の救済のために考え抜かれたこの絵からは、救済を目的とする宗教の根本的な姿を感じることができるように思う。キリストの磔刑図であったり、奥の復活図であったりというものは、道具的な要素になっている。そして、聖アントニウスを襲っている病魔が面白い。時代が下って「悪魔」のイメージが固まったつまらない絵と違って、実に空想力豊かな病魔が描かれている。
 つまり、聖人やらなんやらというのは人々に分かりやすくするための要素であって、ここに描かれているものは、第一に眼に見えない病魔への恐怖であり、そして患者に対してその病魔に逆らって生きる気力を奮い起こさせるためのストーリーなのだろうと思う。そしてこの絵が置かれていた施療院は、治療という施しだけでなく心のケアのためにこの絵も作らせたのだろうかと考えると、この絵はますます興味深いものに見えてくる。